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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)123号 判決 1985年3月28日

原告

ウング スー・ポーク

右訴訟代理人弁理士

岡部正夫

安井幸一

被告

特許庁長官

志賀学

右指定代理人

中村順一

村越祐輔

山本邦三郎

主文

昭和五一年審判第三六八四号事件について特許庁が昭和五六年一二月二四日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

一  原告は西暦一九七一年(昭和四六年)八月二七日にカナダ国にした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四六年一〇月二七日、「高血圧症の治療に有用なカルボキシエチルゲルマニウムセスキオキシド」なる発明について特許出願をした(昭和四六年特許願第八四七九一号)。なお昭和五五年八月二三日付手続補正書により発明の名称を「カルボキシエチルゲルマニウムトリオキシド」と訂正した。

右出願について昭和五〇年一二月九日拒絶査定があつたので、原告は昭和五一年四月一九日審判を請求し、昭和五一年審判第三六八四号事件として審理されたが、昭和五六年一二月二四日、右審判の請求は成り立たない旨の審決がされ、該審決の謄本は昭和五七年二月一〇日原告に送達された(なお、原告のため出訴期間として三ヶ月が付加された)。

二  本願発明の要旨

ゲルマニウムジオキシドを鉱酸に溶解し、一塩基性リン酸ナトリウムを加えて溶解が達成されるまで一〇〇度cにて加熱し、その溶液を冷却後水酸化アンモニウムを加え、それによりゲルマニウムジーヒドロキシドの沈澱を生ぜしめ、そのゲルマニウムジーヒドロキシドをハロゲン化水素酸と反応してトリハロゲルマンを形成し、それをアクリロニトリルと反応し、β―シアノエチルトリハロゲルマンを形成し、さらに過酸化水素と加熱することを特徴とする

式 O3Ge−CH2CH2COOH

のカルボキシエチルゲルマニウムトリオキシドの製造方法。

三  審決理由の要点

本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

ところで原審においては、(イ)特公昭四六―二九六四号公報、(ロ)特公昭四六―二四九八号公報、(ハ)斎藤一夫編「無機化学全書X―2B、C、Ge」丸善p四四八〜九を引用し、本願方法の第一工程、第二工程及び第三工程はそれぞれ上記引用例(ハ)、(イ)及び(ロ)に記載されており、しかも、本願方法の目的化合物は引用例(イ)、(ロ)に示されているから、本願方法はこれら公知の工程を単に順次組合せたにすぎないものであるところ、ただ、本願方法の第三工程も引用例(ロ)もいずれも加水分解反応である点において軌を一にするものであつて、該加水分解反応を前者では過酸化水素を用いるのに対して、後者では酸を用いて行つているけれども、一般にトリクロロゲルマンは水によりたやすく分解してセスキオキシドとなり、その際に塩化水素を発生することが周知である(例えば、近畿化学工業会有機金属部会編「有機金属ハンドブック」四四二頁朝倉書店昭和四二年四月五日発行参照)から、引用例に示された酸の代りに通常水が共存している過酸化水素を第三工程のβ―シアノエチルトリハロゲルマンから発生する塩化水素を溶解する酸として用いることは適宜実施することであり、また、本願目的化合物は上述したように公知の化合物であるから、該化合物の薬理効果は考慮することができないものであり、しかも、本願方法による効果が格別顕著なものであると認めることもできないと判断した。

この原審の判断に対して、請求人は、本願方法の目的化合物と引用例に示された化合物とは別異の化合物であると主張している。請求人は、このように主張する根拠として、当審の再三に亘る尋問に応じて、本願発明の目的化合物について元素分析を行つて、ゲルマニウム元素、炭素元素、水素元素、酸素元素の含有量を測定し、また、赤外線分析を行つて基 −CH2, −CH2−及び−COOHの存在を確認したことに基づいて、本願目的化合物はO3GeCH2CH2COOHで表わすことができると述べ、さらに、本願明細書には本願目的化合物は約三一五度cにて分解すると記載されているから、明細書中に分子量についての記載がなくても、分解温度、元素分析値及び赤外線分析から、本願目的化合物は同定しうるものであり、本願目的化合物の式は出願当初の明細書に既に開示されていたものであるから、分子量及びその測定方法の開示がないことのみをもつて、上記の式の根拠がなくなるものではないし、本願明細書の実施例において濾別した沈澱物がそのまま本願発明の目的化合物となるのでその沈澱物をそのまま元素分析したものであつて、沈澱物を更に精製したものの収量は測定していないと述べている。この請求人の主張は、要約すると、本願方法の目的化合物と引用例に記載された化合物とは、その元素分析のデータが異なり、かつ、引用例にはその目的物質の薬理効果並びに用途が何ら開示されておらず、これが高血圧症の治療に有効であるという発表がいまだされていない事実から高血圧症とは何ら関係がないと考えるべきであるのに対し、本願発明の目的化合物は高血圧症に有効であり、その効果は驚異的であるから、両者は別異の化合物であるというにある。

ところが、本願方法の目的化合物は、出願当初には引用例と同じくカルボキシエチルゲルマニウムセスキオキサイドであると表示されていたのを、その後、上記のようにカルボキシエチルゲルマニウムトリオキシドに訂正されたものである。そして、一般に化合物の構造を同定するためには、単に元素分析値や赤外線分析結果だけではなく、その分子量をも測定しなければならないことは当然である。例えば、オレフィン類はすべてCnH2nで表わされすべての化合物が同一の元素分析値を示すことを指摘するだけで、分子量が定められなければその構造式が同定できないものであるとは、極めてみやすい道理であろう。しかも、本願方法の目的生成物の元素分析値は精製物についてのものでないことは請求人も自認するところでもあるから、このような元素分析値に基づいて両者を別異の化合物と主張することができないことは多言を要しないところである。

そして、請求人は、本願方法の目的化合物が抗高血圧症に有効であるとも主張しているけれども、請求人の主張は引用例の化合物については高血圧症に有効であることが発表されていないというに止まり、引用例の化合物が高血圧症に有効ではないことを具体的に立証しているわけではないから、化合物の製造方法である本願方法において、その目的化合物の用途が引用例には開示されていないというだけで直ちに両化合物が別異の化合物であると認識すべきものではないのである。

そうしてみると、本願方法の目的化合物と引用例の化合物とを客観的に識別する要件の存在を認めるまでには至らないから、両者が別異の化合物であるとすることはできないというほかはない。

以上、述べた通りであるから、上記の原査定の判断を覆えすべき理由を発見することができない。

四  審決取消事由

本願発明における①ゲルマニウムジオキシドすなわちGeO2で表わされる物質から②ゲルマニウムジヒドロキシドすなわちGe(OH)2で表わされる物質を経て③トリハロゲルマンすなわちHGeX3(ただしXはハロゲン元素、以下同じ)で表わされる物質に至る工程(審決にいう第一工程)、および、右③の物質から④β―シアノエチルトリハロゲルマンすなわちX3GeCH2CH2CNで表わされる物質に至る工程(審決にいう第二工程)が、それぞれ審決指摘の引用例に記載されていること、並びに引用例(イ)と引用例(ロ)との目的化合物が同一であることは争わないが、本願発明の特徴が右④の物質から過酸化水素を加熱して(審決にいう第三工程)カルボキシエチルゲルマニウムトリオキシドを製造することにあるところ、その第三工程、新規な目的化合物及びその作用効果は、いずれの引用例にも開示されているものではない。しかるに審決が、本願発明を容易推考しうるものとし、その進歩性を否定したのは、判断を誤つており、違法であるから取消されねばならない。

1  構成上

(一) 引用例(イ)に示されたものは、本願発明の第三工程と反応のプロセスが全く異るし、引用例(ロ)において本願発明の第三工程に対応するものとして示されたものは、出発物質は本願発明と同一であるが、反応操作が異なり、本願発明のそれが一段階であるのに対し、二段階であるし、その反応剤が、本願発明において過酸化水であるのに対し、第一段階で塩酸又は硫酸、第二段階で水(イオン交換水)であり、本願発明とは本質的に相違するものである。

引用例(ロ)の二段の加水分解反応は、単に水があれば、簡単に一段で、β―シアノエチルトリクロルゲルマンのニトリル部分とトリクロロゲルマン部分とが加水分解されることを示唆するものではなく、却つて、その第一段反応のごとく水の存在下でもトリクロロゲルマン部分は作用を受けない場合があることを示唆している。

したがつて、出発物質は同じでも、引用例(ロ)のこの二段反応とは異なる反応試薬を用いた本願発明の第三工程における生成物が何であるかは、引用例(ロ)からは予測し得ないことは明らかである。

(二) 本願発明の目的化合物の違いは、そもそも化学構造式O3Ge−CH2CH2COOHの違い、そして分解温度(明細書記載)及び元素分析、赤外線分析の結果から明白である。

2  作用効果上

本願発明における目的化合物が高血圧剤として高血圧症の治療に有効な知見は、各引用例にみられないところである。

第三  被告の答弁

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四の取消事由の主張は争う。

本願発明の進歩性を否定した審決の判断は、次に述べるとおり正当であつて、何ら違法の点はない。

1  構成上

(一) 本願発明の目的化合物は、引用例(イ)、(ロ)の各目的化合物と同一であるし、その第三工程は引用例(ロ)の反応形態から予測できるものである。引用例(ロ)が二段階に分れるとしても加水分解であるから、塩酸又は硫酸に代えて過酸化水素を用い、一段階にすることは、容易に考えられるところである。

(二)(1) 本願発明の目的化合物が本願明細書上原告主張の化学構造式により記載されていることは認めるが、この化学構造式よりなる化合物の存在は、化学結合状態よりみて、通常の化学常識では考えられないものである。即ち、ゲルマニウム原子は、2価または4価の原子価を有するというのが化学分野では定説となつているから、本件の如きゲルマニウム原子の結合状態に疑問を持つのは当然のことなのである。そして、ゲルマニウム原子が3価原子であると認めることは化学常識上出来ない。

原告は、審判での尋問に対して、昭和56年5月29日の回答書で「本願発明の目的化合物は3価の原子価を有するものとして上記の式を次のように表わすこともできると考える」と回答しているが、前記化合物の結合状態は単なる推定にすぎないものであつてゲルマニウム原子が3価の原子価を示したことを証明したものではないのである。してみると、原告は、前記の化学式を客観的に証明する根拠を何にも示していないので、本願発明の化学式と引用例記載の化学式で示される化合物を別異の化合物であると決める理由には成り得ないのである。

(2) 原告は、分解温度、元素分析値、赤外線分析結果をもつて、本願発明の目的化合物は同定できるので引用例の目的化合物とは区別できる旨を主張しているが、出願当初の明細書には分解温度のみしか記載されておらず、審判での尋問に対して、元素分析、赤外線分析を提出したものであつて、前記の三つの測定値は本願発明の目的化合物の同定値と認めるわけには、次の根拠によつてできないものである。

化合物の同定値として、前記の三つの測定は精製物を用いることが化学分析上の原則であることは論をまつまでもない。

しかるに、原告は、審判における尋問に対して、実施例の精製物の収量は測定しない。濾別した沈澱物がそのまま本願発明の目的化合物となるもので、その沈澱物をそのまま元素分析していると回答(昭和56年5月29日付回答書)していることよりして、未精製物であることは明白である。濾別した沈澱物が、精製しなくとも十分な純度のものであれば更に精製する必要がないことは当然であるけれども、本願発明の反応を検討した限りにおいて副生成物の存在を無視することはできないのである。

よつて、本願発明の測定は精製物について実施されなければ同定値とならないのである。

本願発明の元素分析は、有機物質の構成元素を検出し、その含量を決めただけであつて、分子式を定めていないので、本願発明の目的化合物の同定値とは言えない。

本願発明の赤外線分析は、化合物中に−CH2−基および、−COOH基の存在を示しているだけであつて、他の基については不明であるので、本願発明の化合物の同定値ではない。

(3) 本願発明の第三工程の反応操作および反応試薬より検討しても、本願発明の目的化合物が生成すると判断するのは次の理由で妥当ではない。

本願発明の第三工程と引用例(ロ)の出発原料β―シアノエチルトリハロゲルマンCl3GeCH2CH2CNは、同一の化合物であるが、本願発明の明細書は、この出発原料に過酸化水素を作用させて、直接に目的化合物のカルボキシエチルゲルマニウムトリオキシドO3GeCH2CH2COOHを得ることを記載しているのに、引用例(ロ)の記載は、出発原料に先づ塩酸を作用させて、β―トリクロルゲルミルプロピオン酸Cl3GeCH2CH2COOHを得て、次に水を作用させて目的化合物カルボキシエチルゲルマニウムセスキオキサイド(COOHCH2CH2GeO)2Oを得ることを記載しているから、両者は反応操作および反応試薬、目的生成物で相違している。しかしながら、本願発明の目的化合物は、引用例(ロ)の反応過程、反応試薬よりみて、カルボキシエチルゲルマニウムトリオキシドが得られるとは考えられない。即ち、引用例(ロ)の反応は、反応基の変化でみると、出発原料に塩酸を作用させるとシアノ基が先づ反応してカルボキシル基になり、次にトリクロロゲルマン基が加水分解によつてゲルマニウムセスキオキサイド基に変化していることよりして、本願発明の第三工程と引用例(ロ)はトリクロロゲルマン基の転換で生成する基において異なつている。しかしながら、トリクロロゲルマン基の反応については、原告が提出している証拠にも、トリクロロゲルマン基は加水分解反応によつてゲルマニウムセスキオキサイド基が生成することが記載されている。そして、本願発明における過酸化水素は、本願明細書の記載によれば濃度は不明であるが、過酸化水素水を用いていることは明らかであるので、その反応は、過酸化水素水の化学的性質よりみて加水分解反応と考えるのが適当であるから、本願発明の第三工程によつては、本願の目的化合物カルボキシエチルゲルマニウムトリオキシドと同一のものが生成するとは解せられない。

2  効果上

本願明細書には薬理作用が確認できる具体的な使用例に基く記載がないので、原告の主張は根拠を欠くものである。

第四  証拠関係《省略》

理由

一請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、原告が審決取消事由として主張する進歩性判断の誤りの存否について検討する。

審決にいう本願発明における第一工程及び第二工程がそれぞれ審決指摘の引用例に記載されていること、引用例(イ)と引用例(ロ)との目的化合物が同一であることについては、当事者間に争いがない。

ところで、原告は、本願発明の特徴が、審決にいう第三工程、すなわちβ―シアノエチルトリハロゲルマンから過酸化水素を加熱してカルボキシエチルゲルマニウムトリオキシドO3Ge−CH2CH2COOHを製造することにあるところ、そのいわゆる第三工程、新規な目的化合物及びその作用効果はいずれの引用例にも開示されていないのに、審決はこれを看過していると主張する。

これに対し、被告は、本願発明が容易推考しうるものとした審決の判断理由の前提として、本願発明の目的化合物が引用例(イ)、(ロ)の目的化合物と同一であることをあげ、その根拠として、(1)本願発明の目的化合物として示された化学構造式よりなる化合物は存在しない、(2)本願発明の目的化合物を客観的に同定しうる数値、その他の事項の立証がない、(3)本願発明の第三工程では目的化合物のカルボキシエチルゲルマニウムトリオキシドが生成するとは考えられず、引用例(イ)、(ロ)の目的化合物と同じ化合物が生成すると推定せざるをえない、とする。

ところで、本願明細書上、本願発明の目的化合物が原告主張の化学構造式により記載されていることは当事者間に争いがない。したがつて、これが化学構造式のものとして客観的に同定しえず、ひいては引用例(イ)、(ロ)の目的化合物と同一であるとするには、特許法第三六条第四項、第五項の規定違反をいうならばともかく、特許法第二九条第二項の規定に基く容易推考の根拠とする以上、審決庁である被告の主張、立証にまたねばならないことは、特許法の規定に基く審決取消訴訟の構造上いうまでもないところである。そこで、<証拠>によれば、次のことが認められる。

(1)  本願明細書の記載上ゲルマニウム原子が3価の状態であること及びその結合状態がであることが確認できる具体的な説明はないが、「酸化状態が3のゲルマニウムはまれではあるが、R2Ge−GeR2(人によつては3価のゲルマニウムというより2価のゲルマニウムの化合物と考えるかもしれない)の型の化合物が多少なりとも知られている。これらの第一のものはNaGeH3とブロムベンゼンとの液体アンモニア中での反応によつて得られた推定上の二量体(GeH2)2である。」と記載した文献(甲第一五号証)が存する。

(2)  原告が行つた元素分析の結果と引用例(イ)および引用例(ロ)の元素分析値に関する記載によれば、本願発明の目的化合物は一個のゲルマニウム原子に対し、炭素原子を三個、水素原子および酸素原子を五個有するものと考えられるのに対し、引用例(イ)および引用例(ロ)の目的化合物は、それぞれ、一個のゲルマニウム原子に対する炭素原子が三個、水素原子が五個である点で本願発明の目的化合物と同一であるが、酸素原子の個数は引用例を(イ)のものは約3.5個、引用例(ロ)のものは約四個であつて、本願発明の目的化合物と酸素含有比の点で明らかに相違する。なお右本願発明の元素分析を行つた沈澱物が、その目的化合物以外に副生成物を含有しているものかどうか明らかではない。

(3)  「ゲルマニウム―ハロゲン結合は非常に反応性に富んでいる。有機ゲルマニウムハロゲン化物はただちに水と反応して次のような生成物を与える。

2R3GeX+H2O→R3GeOGeR3+2HXnR2GeX2+nH2O→(R2GeO)n+2nHX2nRGeX3+3nH2O→〔(RGeO)2O〕n+6nHX」(甲第一七号証)ことにかんがみ本願発明の第三工程をみるに、過酸化水素の使用により、過酸化水素は通常過酸化水素水の形で用いられるので、反応系に水が共存することを考慮すると、トリクロロゲルマン基が加水分解によつてゲルマニウムセスキオキサイド基に変化することも考えられるが、他方、水のほかに過酸化水素も存在し、前記ゲルマニウムーハロゲン結合は非常に反応性に富んでいることを考慮すると、過酸化水素との反応も考えられないものでもないから、引用例(イ)および(ロ)におけるように、トリクロロゲルマン基がゲルマニウム基に変化するものと断定することはできない。

右(1)ないし(3)の認定事実によれば、本願発明の目的化合物が化学構造式O3Ge−CH2CH2COOHで表わされるものとの同定資料に十分でないところがあるけれども、引用例(イ)および引用例(ロ)の目的化合物とは別異のものと考えられこそすれ、同一のものとは俄かに認め難いといわねばならず、ほかに、右認定事実の域を出て、本願発明の目的化合物が引用例(イ)および(ロ)の目的化合物と同一であることを肯認しうるに足る立証は全くないので、これを同一とする被告の主張は採用できない。そうすると、審決は、本願発明を容易推考することができるものとした理由の重要な前提事項の判断において誤つているといわねばならず、この誤りは結論に影響を及ぼすべきものであるから、その余の判断をまつまでもなく、違法であり、取消を免れない。

三よつて、審決の取消を求める本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(舟本信光 杉山伸顕 八田秀夫)

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